発注者は制作を依頼すると、いいものを提出してきてくれると期待しますよね。それはディレクターの立場でも同じです。
ディレクターは制作物の方向がブレないように全体に指示を出しつつ管理します。ビジュアルについてはアートディレクターと打ち合わせて、制作の方向性を共有する形で仕事を依頼します。
アートディレクターの役割は、制作の方向性を踏まえてどんなビジュアルにするかを考え、デザインの元になるラフを描くことです。そしてそのラフはデザイナーの作業を通して、品質が高められ商業に耐えられるデザインの制作物に姿を変えます。
「カタログ制作の指示出しの抽象度はグラフィックデザイナーにより千差万別という話」にも書きましたが、デザイナーの特性を踏まえて指示を出す抽象度を間違えなければ、なんの問題もなくすんなりといいデザインに仕上がります。
相手によって抽象度を変える大切さを知っておきながら、私は過去に何度か失敗しています。その中でも1番ひどかったのは、「1ミリの誤差を修正することがディレクターの役割ではないと思う話」では俯瞰した視点でうんぬん書いていましたが、そんなレベルではありません。
何が起きたかというと、デザイナーが私のラフをトレースして提出してきたのです。
詳しく話すと、私はそのデザイナーの特性を掴みきれていませんでした。会社レベルでの付き合いなので、勝手にデザイナーを変えることができない状況でした。
そんな状態で試行錯誤していたのですが、ある案件でパワーポイントでラフをつくると伝わるかなと思ってやってみました。
ちなみに私は手描きラフが基本です。なぜなら、そのほうがあいまいさが残りデザイナーが考えたり工夫したりする余地ができるからです。こうした余地を活用してデザイナーが品質をより高いものに昇華してくれます。
話は戻り、あるデザイナーの場合、手描きラフだとなかなか伝わらなかったのでパワーポイントでラフをつくり指示を出してみたのです。
すると1日でデザインが上がってきました。早い!と驚きつつ、うまく伝わったおかげかなと期待してデータを開きました。
まず思ったのは「デザイナーが送るデータを間違えたのかな?」ということでした。デザインの初期段階のデータなのかな?と。
即電話して「デザイン前のデータだと思うので、再度送っていただけますか」とお願いしました。
直後にメールで飛んできたデータは、先ほどと同じものでした。つまりディレクターの私から見て、トレースしただけの制作物をデザインしたと言い張って送ってきていたのです。
2度目の電話をしました。ラフそのままになっているので「やり直してほしい」と。「時間が足りない」という返事でした。「別のデザイナーに手伝ってもらったらどうか」とも言いましたが、「それはできない」と。
こんな押し問答や方向性を電話口で伝えていると、もう時間もなくなってしまいました。仕方なくパワーポイントでつくったのかな?というデザインデータをお客に提出せざるを得ませんでした。
送信してお客に電話し、送ったことを伝えました。通話したままでお客が確認してくれたのですが第一声が「パワーポイントみたいだね」でした。
内心、本当にすみませんという気持ちでいっぱいでした。お客も時間がない状況だったようで、一旦そのまま引き取ってくれました。
今振り返ってもそのデザイナーの特性はわかりません。ただ後日、このパワーポイントみたいなデザインはとてつもなく時間のかかる修正になりました。お客には多大なる迷惑をかけてしまいました。
デザイナーに直接依頼する発注者やアートディレクターは、依頼するデザイナーの特性を掴むことも仕事の一環です。失敗してお客に迷惑をかけてしまった私はそう思います。